えいごコラムR (12) 「ボーダーシャツ」は存在するか

英語でも格子模様のシャツは「チェックシャツ」と呼ぶが、横縞のシャツを「ボーダーシャツ」とはいわない、という話を聞きました。ちょっと調べてみましょう。

ODE で check を引くと名詞の項に “a garment or fabric with a pattern of small squares” とあります。またOSD(オックスフォード用例辞典)には “He was wearing a green check shirt, black trousers and black shoes.” という例文が出ており、他にも同様の用例がいろいろあります。 check shirt は英語圏でも日本語の「チェックシャツ」とほぼ同じ意味で使うようです。

その一方、OSDに border と shirt を入力して検索してみると、示される例文は2つだけで、しかもいずれも border はシャツを形容する語として使われていません。 border shirt という言い方は英語にはないのかもしれません。

では border が衣類に関連して使われることはないのでしょうか。手芸関連の用語を解説するウェブサイト The Sewing Dictionary は “Border pattern design” について次のように記しています。

Border designs can be incorporated into the hemline, waistline, collar, patch pockets, yoke and cuffs.

border design とは衣類の裾や襟、袖口などに装飾的な縁どりをすることなのです。この意味での border 模様のシャツを画像検索してみると、出てくるのは裾や前合わせを刺繍で飾った上品なアイテムばかりです。

このイメージが横縞シャツとかけ離れていることに私はひっかかりました。横縞のシャツは英語では striped shirt です。横方向であることを明示する horizontal-striped という表現もありますが、ふつうは縦縞でも横縞でも striped です。

じつはこの striped shirt は西洋の服飾文化においてあまり良いイメージがないのです。あるアパレルのウェブサイトに “The History of the Shirt” という記事が出ていましたが、そこには Striped Shirts について次のように記されていました。

It took a long time before striped shirts became acceptable gentleman’s attire. Many people felt that wearing stripes suggested that the wearer was unclean and from a lower social group.

unclean は「不潔な」、 a lower social group は「下層階級」です。かつては男性がストライプのシャツを着ていることは下層階級出身であることを意味したのです。そのためストライプシャツが男性ファッションとして受け入れられるには長い年月を要したと述べられています。

もちろん border を横縞の意味で使うのは和製英語であり、一種の誤用です。だとしても、なぜ装飾的な縁どりを表す border が、アニメ『ピーター?パン』のスミーが着ているような横縞模様のシャツをさすようになったのでしょうか。

ここに至って私は、ボーダーシャツの「ボーダー」は本当に border なんだろうか、と考え始めました。上でスミーの名を出しましたが、横縞シャツは彼のような水夫のイメージと強く結びついています。その由来について、横縞シャツの代名詞のような「ブルトンシャツ」(Breton Shirt)の歴史に関するある記事で、次のような解説を見つけました。

The Breton’s story starts in 1858 with The Act Of France, whereby the French navy introduced a white pullover with indigo blue horizontal stripes made from cotton as its official uniform. Due to its design, when seamen fell overboard they were easier to spot due to the contrast of the indigo stripes against the white main body of the shirt.

1858年、フランス海軍は水兵の制服として白地に藍色の横縞が入ったシャツを採用しました。それは水兵が船から落ちたときシャツの目立つ模様によって発見しやすくするためだったそうです。

上の引用でも船から落ちることを overboard という語で表していますが、動詞 board は「船に乗り込む」という意味で使います。 boarder を「乗船者」という意味で使うこともあります。もしかしたら「ボーダーシャツ」は boarder shirt つまり「船乗りのシャツ」から来ているのではないでしょうか。

ただ、いろいろ検索してみたのですが、この意味での boarder shirt の用例を英語圏のサイトで見つけることはできませんでした。サーフィンやスケートボードをやる人が着る boarder shirt はたくさん出てきますが、必ずしも縞模様ではありません。

ですから「ボーダーシャツ」はけっきょく、このファッションが伝わったときに様々なイメージや表現が合成されて生まれた和製英語だということなのかもしれません。でも、横縞シャツを眺めながら、ひょっとしたら英語圏でこれを boarder shirt と呼んだ歴史があるのかもしれないと思うと、なんとなく潮の香りがしてきませんか。

(N. Hishida)

【引用文献】

“The History of the Shirt,” King & Allen.

https://kingandallen.co.uk/journal/2013/the-history-of-the-shirt/

“How the Breton Shirt Earned Its Stripes,” The Rake: The Modern Voice of Classic Elegance.

https://therake.com/stories/style/how-the-breton-shirt-earned-its-stripes/

“Patterned Fabrics Cutting and Layout Guide,” The Sewing Dictionary.